中小企業の『債権回収の勘どころ』
<月刊「企業実務」2021年6月号掲載原文>

1.昨年と変わってきた新型コロナ倒産

信用調査会社が発表している新型コロナ関連倒産が1,000件を超えました。この中身を良く見てみると今年に入って昨年とは少し傾向が変わってきたように感じます。

昨年は、新型コロナ発生以前から長期にわたり右肩下がりに業績が悪化してきて、赤字が累積し債務超過に陥いる等、もともと経営不振であった状況のうえにコロナ禍が加わり展望が見えなくなった、即ち新型コロナが直接の原因というよりも最後の一押しとなった企業が大半でした。

しかし、今年に入って少し内容に変化が見られます。新型コロナ発生以前は最高利益をあげる等、業績好調であった企業が、コロナ禍によってわずか1年で一気に苦境に陥るというものです。大手企業でもそうした例が散見されるようになりました。

例えば、ブライダル大手のワタベウェディング㈱(東証一部上場)は、私的整理の一種である事業再生ADR(裁判外の紛争手続)を本年3月19日申請し、受理されました。

同社はコロナ禍が拡大し始めた2020年4月に、手元資金確保のためメガバンクを主幹事とする計5行から130億円を調達したばかりでしたが、当該借入の返済期限である本年3月末の返済が困難となり、今回の措置となった模様です。

同社の業績推移(連結決算)は、以下の通りです。

コロナ禍以前は順調な業績で、自己資本比率が44.4%もあったのに、117億円を超える損失を計上し、1年で債務超過に陥ってしまったのです(なお、同社は上場廃止となるが、㈱興和の完全子会社として事業を継続する予定)。

上場企業ですらそのような状況ですから、中小企業は今後どうなっていくのでしょうか。

金融庁の公表資料によると、2020年3/10~2021/2の中小企業向け貸付条件変更の実績は、民間金融機関で37万件(承認率99.0%)、政府系金融機関で10万件(同99.63%)を超えています。また、新型コロナ感染症にかかる中小企業向けのゼロゼロ融資 (無担保、保証料ゼロ、3年間金利ゼロ、元本返済は最大5年据置)は230万件、43兆円を超えました。

しかし、ゼロゼロ融資も本年3月末に終了、4月からは「併走支援型特別融資」「事業再生サポート融資」として生まれ変わり、一定の保証料や金利がかかるようになり、更に融資を受ける条件として「経営行動計画」を立て、四半期に1回金融機関に状況報告をして支援を受ける必要も出てきました。

中小企業は、これまで緊急避難的な資金調達で危機を回避できましたが、今後再調達できるかが課題になってくると思われます。

ちなみに、20213月期の地銀100行の将来の回収不能に備えた貸倒引当金は、前期比25.6%増の4,208億円と10年ぶりの高水準となり、都銀5行のそれも前期比2.7倍に拡大しています。

【債務超過とは】

 

 

 

繰越損失が累積し純資産がマイナスとなり、資産<負債、

即ち資産を全て売却しても負債が返済できない状態。

 

通常1年以内に解消しないと上場廃止となるが、

 

コロナ禍が原因の場合、2年間の猶予が与えられている。

中小企業においても新規融資を受けづらくなる。

 

 

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基本(1) 事前審査は「掛売」する上では必須の作業

先に商品を納めて代金は後で回収する掛売で商売を行う場合、納品側には回収不能リスクが常に生じます。従って、事前審査なしに掛売を行うことは運を天に任せて事業運営を行っているのと同じです。景気の悪化等により倒産が増加してくると自社もその煽りを受けて、連鎖倒産してしまう危険性があります。

事前審査をする上では、

     そもそも信用できる相手か

     支払をできる財務基盤があるか

という点を重視します。

① については、詐欺目的で近づいてくる輩を排除すること(具体的なチェック方法は、「注意企業のチェックすべき怪しい兆候」として、本誌2020年11月号『与信管理テクニック』に掲載されているので、確認しておいて下さい)。

(実例)新人のA君は事前に取引先を訪問して代表と思しき人と会い、その際頼みもしないのに会社謄本や印鑑証明を先方から提出してきたので、「なんて立派な会社だ!」と感心して取引を開始したところ、2週間後に夜逃げ。納品した商品を含め、事務所内はきれいさっぱり空になっていた。

 ②については、財務データを直接あるいは信用調査会社等から入手し、減収減益基調となっていないか、赤字続きで債務超過になっていないかをチェックし、財務比率等から維持力がありそうか判断します。また、資料が少ない場合は、会社や代表者自宅の不動産謄本を取得し、金融機関以外からの担保設定はないか、差押等はないか等、ネガティブチェックをしてみることも必要です。

コロナ禍の現在は先述のように、絶好調だった企業もわずか1年で債務超過に陥る状況であり、中小企業も財務比率だけでみると与信供与が厳しくなった先も多いでしょう。一方、①郊外型、②非接触、③巣籠需要、④オンライン等を上手く活用して逆に業績を伸ばしている企業もあります。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

こうした企業毎の特性を睨み、また助成金の申請状況や現預金残高(手元流動性)の動きを確認し、将来展望も考慮した資金繰り重視の与信判断とならざるを得ません。

判断が難しいときは、その相手から回収できなくてもかすり傷ですむ程度の取引に留めておくことです。必要なら、取引を進めていく中で順次拡大していけば良いのです。 

 

基本(2) 独立した与信判断をする部署の設置

社長自身の中で数字を必達したいという営業としての立場とリスク管理の立場とが利益相反を起こすことが避けられず、結果、大きな事故につながってしまうことがあります。

(実例)大口取引ということで社長の一存で取引を開始したが、最初の支払から遅延発生。会社の不動産謄本を取得してみると甲区には「〇〇市 差押」との表記があった。 

与信限度額は、必要な情報を収集して与信先を分析し、自社の財務基盤を考慮のうえ、決裁権限に基づき決定すべきです。

それを客観的に判断して助言できる部署(規模によってチーム、担当者でも可)を設置し、営業部門の暴走を抑制すると同時に、回収遅延発生時には営業をサポートする仕組みを構築しておくことが重要です。

 

 基本(3) 期中管理、定期的な与信限度額の見直し

担当者は取引歴が長い先に対しては安心感を抱き、チェックが甘くなりがちですが、常に業績動向や与信残高は確認しておかねばなりません。

(実例)30年来の取引先で安心して付き合っていたが、ある日突然、不渡りを出した。改めて決算書を見返してみると、現在の売上高は10年前の1/3まで落ち込み連続赤字となっていた。逆に与信残高は過去のピークに達していた。 

また、普段と違った不自然な兆候を察知するアンテナを立てていることが大切です。受注が急激に増えた(減った)、急に複数の店舗を閉鎖した、顧客との間でもめ事がおきているようだ、受付に正体不明な輩を見かけた、---等も十分不自然な兆候といえます。

(実例)ある日、普段あまり話をしたことのない幹部が「ちょっと良いですか---。」と何かを訴える目で話しかけてきた。期末近くで忙しかったので「また今度」と言ってその日は帰ったのだが、それから1週間後、会社は破産申請した。

企業は生き物ですから、与信限度額は定期的に見直す必要があります。変化の激しい時代は猶更です。与信限度額は計算式から自動的に算出されるものではなく、自社との取引を通じて「あるべき額」が決定されていくものです。

与信過多と感じる場合、与信限度額の縮小、保全の強化、リスクの移転-のいずれかを実施します。

※リスクの移転には、保険、保証、ファクタリング(債権譲渡)等を活用しますが、最近ファクタリングを装った詐欺(実質は高利の貸金)を行うヤミ金融業者が横行しており、金融庁のHPでも注意が喚起されています。

 

3.債権回収のポイントとは

遅延発生時の対応】即日、遅延先に連絡し以下を実施する。

     遅延理由の確認

     資金繰りの確認

     返済期日の確定

     新規納品のストップ

     覚書の締結、連帯保証の取得

     手形の回収(必要に応じて)

     債権譲渡登記の設定(必要に応じて)

①回収遅延が発生したら

即、遅延先に連絡をします。

まず、遅延の理由を確認することから始めます。遅延先は、その場を繕うために「顧客が約束期日に入金をしてこなかった」等と外部の責任に転嫁しがちですが、そうした言い訳を鵜呑みにしてはいけません。そのような債権が実在するのか、顧客が代金を支払わない原因が遅延先自身にないか―といったことを「資金繰表」や大口入金予定の「注文書」等で確認する作業が必要です。

また、原則、追加の納品はストップします。遅延者にとって主力商品であれば何としても払おうとします。これらの初動対応が極めて大切です。ここをいい加減にすると債権は戻ってきません。

そのうえで、いつ支払ができるのか期日を決めますが、その際、分割返済を依頼されることもあります。その場合、今まではできなかったこと、例えば、法人税確定申告書の写しを入手し(所有財産の把握)、また当該延滞債権に対する代表者の連帯保証を取得し、更に手形を発行していれば、支払期日が入った手形で回収することも交渉しましょう。

こうした債務者から見て面倒くさいことをいちいち要求することで、自社に対する支払いの優先度があがり、回収へとつながるのです。

次に、分割返済の契約書(覚書)を締結します(債務残高、返済金額と期日、返済方法、遅延損害金、代表者個人連帯保証等について記載します)。なお、自社が大口債権者ならば、債権譲渡登記の設定も検討すべきです。

 

②約束した期日に再度入金がない場合 

時間を空けずに即日督促する。できるだけ相手方を訪問して行う。「空いてる時間にやろう、明日以降やろう」などと悠長に考えていてはいけません。

いつまでもお客様扱いしていると債権は二度と返ってきません。威圧的、暴力的な態度をとってはいけませんが、約束を違えた際は厳しく対応する必要があります。

債務者にとって債権者は自社だけではありません。嘘はつけない、きっちり追及される―こうしたプレッシャーが支払いの優先度を自ずと高めるのです。

また、回収行為は担当者任せにせず、関係者で情報共有することが大切です。

 

③相手先に回収に行った場合

現金で受け取るのが理想ですが、現金でなければ小切手>他社振出手形>自社振出手形の順に望ましく、特に遅延先からの回収においては「後日の銀行振込」では回収確度は低くなります。

資金繰りは一度苦しくなると後は坂道を転がるようにどんどん悪化していきます。自社が取引先の運命を握っているような立場である場合以外は、兆候が見えたら早く逃げるが勝ちです。行動経済学では人間の非ロジカルな一面を表す事例として、「1年後に110万円受け取るより今日の100万円の方を選んでしまうこと」が良く取り上げられますが、こと債権回収においては「明日の100万円より今日の50万円」であり、最終局面が近づいたら早く回収することが何よりも重要になってきます。なお、破産直前に行った回収行為は、詐害行為として取り消される可能性があることも頭にいれておかねばなりません。

 

④商売を継続しているのに支払の意思がない債務者には---

昨年度の民法改正によって、2020年4月1日以降に発生する債権については、消滅時効は知った時から5年(又は「行使できるときから10年」の短い方)に変わりました(2020年4月1日以前に発生した債権については、売掛金2年、請負債権3年)。時効は一部でも返済があると更新(時効の計算が再び0から始まる)されますので、期間が空いてしまったら少額でも入金させるよう工夫して下さい。

商売を継続しているのに支払の意思が見られない不誠実な相手には、まず内容証明でプレッシャを与え、反応がなければ書類審査のみで迅速に手続きが行える仮執行宣言付支払督促を相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に申し立て債務名義を取得したら差し押さえをかけるという流れが一般的です。相手が法人の場合、預金口座、保険の解約返戻金、売掛金、商品等が差押対象として考えられますが、預金口座なら銀行名と支店、売掛金なら売掛先名と債権の内容を把握しておくといった事前の準備が必要であり(そのために先述の「法人税確定申告書」を入手しておく)、債権者は自社だけではありませんからスピードとの勝負となります。また、財産がなければ空振りに終わりますし、差押の前に破産や民事再生を申請されてしまうと無効になってしまいます。

 

⑤事故発生後は

コロナ禍において倒産の約9割が、再建不能で消滅型の「破産」です。

破産されてしまうと、債権者は配当を待つしかありません。債権譲渡登記のような担保権がなければ、回収は困難です。ちなみに、てるみくらぶの破産配当率は1.9%、ジャパンライフは1%未満の見込みです。

ただ、納品した商品が取引先に残っていれば、売買契約の解除等をして引き上げることはできます。また、既に第三者に転売されている場合、当該商品が自社で販売したものであることが証明でき、かつ転売先が取引先に代金を支払う前であれば、「動産売買先取特権の物上代位」により、取引先の転売先に対する売買代金債権を差押えて回収を図るといった方法があります。但し、転売先の協力が不可欠で、証拠書類を集め裁判所に迅速に申立を行う必要もある難易度の高いテクニックですので、顧問の弁護士さんに良く相談しながら進めるようにして下さい。 

 

いずれにせよ、事故がおきてしまってからでは遅いのです。担保を取得していなければ一般債権者として回収は極めて困難な状況になりますし、弁護士に回収を委任するにも相応の費用がかかります。

従って、掛売を行うならば、取引前の事前審査と取引後の定期的な与信限度額見直しを通じてリスクを減らし、回収遅延発生時には適切な初動対応をすることを心掛け、そしてそれらを実行するための仕組みを社内に構築しておくことが重要なのです。

アウトソースの活用とは