年末に向けた コロナ禍の与信管理テクニック
<月刊「企業実務」2020年11月号掲載原文>

1.コロナ倒産の現状

新型コロナの影響を受け、20204~6月期の我が国のGDPの落ち込みが戦後最悪の▲28.1%(年率換算)になったと報じられましたが、倒産件数は意外に少なく、本年1~8月の累計件数は5,457(前年同期比▲13)(東京商工リサーチ)で、上場企業の倒産は1件に留まっています。

大企業においては、近年海外投資家からROEの改善を強く求められてきましたが、バブル崩壊以降ひたすら内部留保の蓄積を進めてきたこと(上場企業平均の自己資本比率は50%に迫る)が、結果的に今回のコロナ危機の局面では功を奏しました。

一方、手元流動性の乏しい中小企業においては、国や自治体、金融機関の緊急支援によって倒産が抑え込まれてきました。

また、コロナ倒産といわれるものが9/15までで527件(帝国データバンク)ありました。しかし、中身をよく見るとこれらの多くは、実はコロナが直接的な原因というよりも、それ以前から長期にわたり売上が低迷し、連続赤字、債務超過へと転落した企業が多く、むしろコロナが事業継続の意欲を削ぎ、最後のとどめを刺したと言った方が正しいでしょう。

しかし、そうした企業を支える銀行(特に地方銀行)の体力低下も近年著しく、また政府による厚い保護もいつまでも期待できるわけではなく、楽観は禁物です。

 

2.リスクを回避するための方策

倒産はまだそれほど増えていない状況ではありながら、貴社にはいくつかの得意先から支払いの猶予をしてもらえないかとの相談が入ってきているのではないでしょうか。

そのような場合、どう対応すべきでしょうか。

まず、「資金繰り表」を提出していただき、収支の見込と不足資金を調達できるのかを確認して下さい。「資金繰り表」は日本政策金融公庫や商工中金からの融資を受ける際にも求められますから、準備されているはずです。

また、金融機関に対し返済猶予の要請を行ったか、税金や社会保険料、事務所賃料についても支払猶予の要請は行ったか、公的支援策で活用できるものは活用したか等、助言を含め確認することも必要でしょう。

こうして取引先の資金繰りを把握した上で、貴社の売掛金に関して分割弁済を認めるのか、認めるならばいついくらずつ返済をしていくのか両社で合意し、文書で取り交わしておべきです。その際、保全として代表者の連帯保証を取得(個別債務でなければ、文書に「極度額」の記載が必要)し、大口の債権が残っているならば債権譲渡登記の設定等も検討する必要があるかもしれません。また、期日通りの返済ができない場合の延滞利息等のぺナルティーも記載しておきましょう。

そして、合意書を交わしたらそれで終わりではなく、期日ごとにしっかり入金管理をしていくことが大切です。

 

.日常的な与信管理の進め方

取引先に対する与信リスクは、企業が抱える重大なリスクの1つです。

コロナのような大きな危機に直面した場合、体力のない企業から破綻していきますので、普段からきちんとリスク管理をして、最悪の事態を回避せねばなりません。

 ところで、貴社では

・社長や営業部門だけで取引先の与信が決められている。

・与信枠を設定しても、現実には守られていない。

というようなことはありませんか。

 もし、そうであるならば、まず「与信管理規程」を設け、事前審査や回収管理の手順やルールを定め、決裁権限を明確にしておくべきです。そして、客観的な意見や情報を伝達できるよう、また取引先の与信枠が守られるように、営業から独立した審査を担当する部署(チーム)を設置すべきです。

 勿論、取引を開始する前には事前審査をする必要があります。

【事前審査】

(1)新規の取引先

与信判断する上での資料としては、

     会社案内又はHP:会社概要(設立日、代表者、住所、資本金、事業内容等)を確認。

     ネット検索:gogleマップ等で会社所在地と代表者の自宅を確認し、社名検索で悪材料(反社会勢力との繋がりや反社会的な行為)が出てこないかをチェックする。記事情報だけでなく、官報情報や求人情報から資産規模、年商、社員数等がわかることもある。

     調査会社が発行する1枚の「企業情報」*注1と経営事項審査(建設業の場合)*注2:業績をチェックする。但し、小規模の場合等、資料がないことがある。

     (③がない場合) 会社謄本:会社が実在していることの証明。会社概要が①と合致しているかも確認する。

*注1:調査会社は東京商工リサーチや帝国データバンク等がある。

*注2:公共事業の元受業者となるには必須の審査で、国土交通省が実施。結果は、同省のHPで誰でも検索できる。売上高、経常利益、総資産と自己資本の金額、営業キャッシュフロー等の情報も記載されており、調査機関の「企業情報」と併せて見ることで精度が高まる。

掛売をする以上、金額にかかわらず上記①、②は必須です。初取引で何より大事なのは、『詐欺にひっかからないこと』です。そのためには、不自然なことを見逃さないことです。

特に相手が中小企業の場合、当方の拠点責任者が担当者と共に現地を訪問し、現場の雰囲気や代表者が信頼に足る人物か見ておくことが重要です。まれに、代表者と思って会っていた人物が本人でないことがありますので、業界の話などして不自然なところがないかのチェックも必要です。

私の経験から、怪しい会社を判別する上で「チェックすべき怪しい兆候」を別表にまとめましたので、チェックリストとしてご活用ください。

 <別表①>

さて、上記のような懸念は払しょくされたとしても、その新規取引先の業績が今後順調に推移していくとは限りません。

金融機関でもなければ相手先から決算書を入手するのはハードルが高いと思いますが、上記③調査会社の1枚の「企業情報」からでも大体の判断をすることはできます。

ポイントは、以下の3点です。

     規模感

売上や従業員数でわかります。同業者であれば自社の規模と比較するとイメージしやすいでしょう。規模が大きければ安心という訳ではありませんが、営業スタンスを含め、与信額を決める際の重要なポイントになります。

大企業か、中堅企業か、中小企業か、零細個人企業かの区別は一瞬にして判断できるようにしておきましょう。

     成長性

単年度で見ても意味がありません。1枚の調査会社の資料には過去5~10年の売上と純利益の推移が掲載されているので、その推移を以下の4つに分類してみましょう。

まず、「増収増益」基調なら安心ですが、「増収減益」、「減収増益」基調となっている場合は、その理由を把握することが大切です。

「減収減益」基調の場合は要注意です。連続赤字が続き債務超過(純資産がマイナス=資産を全部売却しても負債が完済できない状況)に陥っている企業には、赤信号が点滅していると考えるべきです。

     安全性

自己資本比率(=自己資本/総資産)の記載があるので、①と併せて判断します。自己資本比率が高くても規模が小さければ、有事の際の抵抗力が弱いので注意が必要です。例えば、その会社の取引先が倒産したら当該企業も連鎖倒産することもあり得ます。

逆に、規模がそこそこ大きくても、自己資本比率がわずかなプラス、あるいはマイナス(債務超過)に陥っている場合は、零細企業以上に要注意です。手形不渡りを出し、突然死するのはこのパターンが多いのです。

上記①~③を基に、取引予定額や自社自身の体力(相手から回収不能になっても自社は生き残れるか)も勘案して与信枠を設定しますが、初取引の場合は前金での取引とするか、小額から始めてみるのが安全でしょう。実績を積んできたら増枠を検討すればよいのです。(最初から多額の与信枠が必要な場合は、保証金を積んでもらったり、信用力のある会社が振りだした回し手形で回収する等の方法もあります。)

なお、継続的な取引をする場合、毎月の販売額が一定であっても取引先からの回収条件によって、必要な与信枠は異なってくるので注意が必要です。例えば、「月末締め翌月末払い」であれば、売掛金は2か月分になり、「月末締め翌々月払い」なら売掛金は3か月分になり単月の販売額の3倍の与信枠が必要になるのです。従って、取引額を増やすうえでは回収期間を短期化することがポイントです。

さて、取引が決定したら、「売買基本契約書」を締結します。売主(債権者)として重要な点を別表にまとめましたので、ご参考にしてください。

<別表②>

 

(2)既存の取引先

取引歴が長いからと安心していると、「ある日突然」ということが起こるので、継続して業況を確認することを忘れてはなりません。

業歴はあっても環境の変化に対応できず、7~8年前から見ると売上が半減、1/3あるいは1/4となり、長期に亘り赤字が継続しているような先は結構あるものです。今までにコロナ関連倒産して取り扱われている企業の大半はこのパターンです。

決算書が継続的に取得できる関係が築かれているのならば、売上や利益の動向だけでなく、在庫と売掛金の動き(不良在庫や不良債権がないか)にも注意を払いましょう。

決算書を一目見てチェックするポイントを別表に記載しておきました。

<別表③>

なお、取引額が大きいのに決算書が入手できない場合、数十ページにわたる調査会社の「調査報告書」を取得すると決算書が添付されているケースがあります。

また、会社や代表者が所有している不動産の謄本をあげてみて、甲区に債務返済の延滞や税金未納等による差押や乙区に金融機関以外からの抵当権設定がある等、ネガティブな情報が記載されていないかをチェックすることも有効です。

 

【回収管理】

期日管理をしっかり行い、延滞が発生したら素早く対処することが必要です。担当部署に丸投げし、担当者を孤独にしてはいけません。延滞の理由は資金不足とは限りません。経理、営業、審査、経営陣が情報共有し、一丸となって動くことで解決につながるのです。

調査会社の格付けや点数が回収を保証してくれるのではありません。対応しだいで、債務者の貴社に対する返済の優先順位も変わってくるのです。

 

.コロナ禍での具体的な注意事項とは

取引先同様、貴社においてもセーフティネットで活用できるものは活用すべきだと思います。特に、金融機関とのパイプは強化し、現在は超低金利なので借入は多めに確保しておくことをお薦めします。

また、貴社が中小企業に該当するのであれば、中小企業倒産防止(取引先が倒産し売掛金が焦げ付いたら(夜逃げは対象外)、無担保・無保証人で掛金の最高10倍(上限8,000万円)まで借入れできる。現在、コロナ禍に対応し、掛け金納付期限の延長や借り入れた場合の返済猶予の優遇措置あり。)に加入しておいた方が良いでしょう。

更に、時代はニューノーマルへと突入しました。例えば、カラオケルームやネットカフェをテレワークの仕事部屋として貸し出す、タクシーや観光バス、新幹線や旅客機等が人でなく物を運搬する、飲食店がITを活用したモバイルオーダーを導入する他、店外でのテラス営業やデリバリーで対面、接触、密を避けた営業を展開する等、生き残るための知恵が試されています。本社を東京から地方に移す企業も出てきました。

貴社自身もニューノーマルの時代に適応できるビジネスモデルの変革を行う必要があります。加えて、ノンコア業務はアウトソースによって変動費化し、減収時に販管費を下げられるようにしておくことも重要です。

上記は取引先にも言えることですので、年末に向けてこの点も踏まえた全取引先の与信枠の見直しをしてはいかがでしょうか。特に、飲食、宿泊、アパレル等、特定業種に偏らないよう、取引先の分散化を図っておくべきです。

結果、与信額が過大と認められた先に対しては、①与信額の縮小、②保全の強化、③リスクの移転という対処法がありますが、取引先と交渉が不要なのは③です。この場合、取引信用保険や売掛保証等の活用が有効だと思われます。

 企業は生き物です。年1回は与信枠を一斉に見直すようにしましょう。

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