⑥事前審査は何を見る?(決算書が入手できる場合)

コラム⑤で、一般の事業会社が取引先から決算書を入手するのは敷居が高いとの話をしました。

しかし、取引先との関係が構築され、決算書が取得できる関係になった場合について考えてみましょう。その場合は、1期分だけもらっても分析しようがないので、3期分いただくようにしたいです。

但し、貸借対照表と損益計算書だけでは、3期分を連続してみても疑問点が溢れてくるだけです。これを現場の営業マンに細かくヒアリングさせるのは現実的ではなく、取引先との友好関係を維持するのに支障がでてくるかもしれません。そこで、現場として重要なのは勘定科目明細も取得することです。「税務署に提出した勘定科目明細付の決算書のコピーを下さい」といえば、取得できるはずです。勘定科目付の決算書があれば、取引先に直接ヒアリングしなくても大体の動きが把握することができるのです。 

さて、では入手できたらどこを見るべきか?現場では、①規模感、②業績推移、③安全性の3点を確認し、また経営者の印象等を参考に現場なりの与信感覚をまずもつようにすれば良いと思います。そして、決算書の詳細な分析は本社の審査担当部門に任せるようにしましょう。

例えば、貸借対照表の関係で言えば、売掛先や買掛金、支払手形や受取手形の明細とその残高を見れば、どのような取引先とどの程度の量の仕入と販売を行っているかがわかります。また、もし毎年同額の売掛金が計上されているものがあれば、それは回収不能の不良債権であり、資産として計上されていても実質的には無価値だということも想像できます。結果、売掛債権回転期間(売掛金+受取手形/平均月商)を計算すると販売してから回収するまでの期間が長いということが確認できるでしょう。

流動比率は一見高いが、現預金が月商の1か月分もなく手元流動性が低いとか、売上が減っているのに在庫が逆に増えているのは不良在庫を抱えていたり、利益を捻出するために在庫評価額を粉飾していることも疑われ、要注意です。

また、所有不動産や保有有価証券の明細も記載されていますが、ゴルフ会員権や不動産を時価評価してみると多額の含み損を抱えていたりします。こうした売掛金や保有資産の時価評価をしてみると、中小企業の場合、取得価格で計上しているため、実質債務超過であることが判明することが多いのです。

更に、保証金の明細を見て与信のために各社にどれだけ差し出しているかを知ることで、他社の同社に対する与信姿勢・保全状況がわかり自社の取引の参考にもなりますし、借入残高の推移からは各金融機関の取引スタンスがみてとれます。

 損益計算書の関係でいえば、売掛金の明細から得意先との関係が把握でき、売上増減の要因も想像できますし、販管費明細では増減の多い項目をチェックします。例えば、給料や福利厚生費の増減から社員の雇用状況(積極的に社員を増強しているとか、リストラしているとか)がわかります。減価償却費の項目がある時期から突然なくなっていれば、黒字確保のため本来必要な経費化を中断していることが判明し、このような場合は表面の決算以上に状況は厳しいということを暗示しています。

また、役員報酬の明細からは、年間の報酬のほか会社から得ている事務所の賃料収入等もわかり、表面上は赤字経営であってもオーナー一族で年間30百万円以上の収入を会社から得ているからまだ余裕はありそうだとか、毎年かなり報酬額を減らしてきていることからかなり苦しい状況にあるなとか、予想がつくわけです。特別損益の明細からは、何を何のために売却し利益または損失が生じたのか、なぜその時期に実施する必要があったのか-その理由を考えることによって、資金繰りの状況も予想できます。 

このように、勘定科目明細を細かく見ることによって、貸借対照表や損益計算書の中味がより深く読み取ることができ、安全性の確認ができるようになります。簡易的には与信を考える場合、自己資本や純資産額を重視しますが、その資産の中味(在庫、売掛債権、不動産、有価証券等)が実は時価評価してみると計上している価値よりずっと低いものであったとすると、話は違ってきます。ですから、大口与信をする際は、このへんの分析は必須となってきます。決算分析をする際には連続して数値を眺め、大きな変動、異常値を示した箇所には粉飾を疑ってみる必要があるでしょう。 

また、増収増益は望ましいですが、一時的なブームにのって売上が急増しているような先は別の注意が必要です。設備や人員の急増によって、表面上の利益とは別に資金繰りがついていかないことも多く、いったんブームが去りゆくと一気に業績が悪化し、破綻につながるケースも多いのです。最近では太陽光関連の設備販売業者においてもそうした事例が多く見られました。 

こうして、本社で分析した結果、どうしても確認しておきたい不明点について、現場のマネージャーを通して取引先を訪問して確認するという体制を作っておくことが重要です。メインとなる取引先とは毎年、決算後に定期的に決算資料を入手し、現場マネージャーが上記程度のヒアリングは行える関係性を取引先と構築しておくことが望まれます。そうした関係性は、値段勝負等一過性な取引に陥ることなく、長期にわたって相互の信頼性を高めていくことにつながるでしょう。

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